世話人のコーナー
辻信一
中村隆市
アンニャ・ライト
その他のコラム
 
その他

その他のコラム


100万人のキャンドルナイト〜スローライフという快楽 (馬場直子・ナマケモノ倶楽部事務局長)

1.はじめに

本稿では、環境文化NGOナマケモノ倶楽部がスローライフ運動の一環として取り組んできた「自主停電運動」が、2003年夏至より「100万人のキャンドルナイトプロジェクト」として全国的に広まった経緯と、その反響にみるスローライフの魅力について考えていきます。

2.ナマケモノ倶楽部とは

ナマケモノ倶楽部(通称ナマクラ)は、1999年7月に生まれた市民グループ(NGO)です。低エネルギー、非暴力、循環共生型ライフスタイルというミツユビナマケモノの生態に学び、私たち自身のライフスタイルをスローダウンさせていこうと、日本と南米エクアドルで活動を展開しています。他のNGOと少し異なるのは、環境運動(ナマケモノとナマケモノの棲む森を守る)+文化運動(スローライフの提案と実践)+エコビジネス(フェアトレードを通じた国際協力)といった3分野の融合を設立当初から掲げている点です。現在会員は全国に1000名を超え、さまざまな年齢や職業の方が「スロー」を自身のライフスタイルに取り入れたいと活動に参加しています。

「ナマケる」ことは、だらだらしたり、何もしないことではありません。ナマケモノ会員たちはむしろ毎日いそがしい。それはナマケモノのように、できるだけ電気やガスなどのエネルギーを使わずに、地球にやさしい生き方を実践しよう、周りに広めちゃおう、ついでに省エネグッズも作っちゃおうと、行動することを愉しんでいるから。

環境や社会によいことと自分の好きなことをつなげる「スロービジネス」においては、2000年7月に有機コーヒーの自社焙煎と販売を手がける有限会社スロー設立を筆頭に、フェアトレード商品の展示販売とカフェとしてオーガニックフードを提供する有限会社カフェスロー(2001年5月)、ローソクや本の出版を手がける有限会社ゆっくり堂(2003年2月)、フェアトレード雑貨とコーヒーの通信販売を手がけるスローウオーターカフェ有限会社(2003年7月)と、次々とナマケモノ倶楽部から新しいビジネスが誕生しています。

3.「ZOONY(ズーニー)運動」にみる新しい環境運動

「ZOONY(ズーニー)運動」。ナマケモノ倶楽部が考えた造語のひとつです。「〜せずに」のズニに由来しています。これまでの環境運動は、「〜禁止!」「〜反対!」と紋切型で相手を非難・糾弾するものが多かったように思います。マイナスの感情だけでは運動は広がりません。そこで、ナマケモノ倶楽部が考えたのが「〜せずに〜してみようよ!」というオルタナティブの提案です。

たとえば、自動販売機で缶ジュースを買わずに自分のお気に入りの飲物を入れた水筒を持ち歩こう、あるいは割り箸を使わずにマイ箸を持とうよなど。ズーニー運動の最大の魅力は、自分のライフスタイルを見直す中で、どんどん創造されていくことです。誰かに言われて、あるいは「環境にいいことだから、おもしろくなくてもやらなきゃ」という正義感や義務感でする行為ではなく、自らその代案をソウゾウ(創造・想像)していける、とても愉しくワクワクする運動。「100万人のキャンドルナイト」の「愉しそう」という魅力の原点は、主体的な愉しみを提案するズーニー運動にあるのかもしれません。

4.自主停電運動〜1通のEメールから

2001年5月のこと。ナマケモノ倶楽部メンバーのパソコンに、海外から1通のEメールが飛び込んできました。件名は「Roll your own blackout(1人ひとりの暗闇で手をつなごう!)」。来る6月21日(夏至の日)の夜7時から10時、世界中のどこにいたとしても、それぞれが電気を消し、抜けるプラグはすべて抜いて、暗闇の時間をそれぞれの感性で愉しもうというものでした。アメリカの個人が、ブッシュ大統領の石油に依存したエネルギー政策を発表したことに抗議するキャンペーンとして呼びかけられたものでした。

世界中の市民がこのキャンペーンに参加してプラグを抜いたとしたら、地球の自転にあわせて「暗闇のウェーブ」が見られることでしょう。実際、誰が宇宙からそのウェーブを見ているかということは問題ではなく、そう想像するだけでとてもワクワクし、「おもしろそうだから友だちにも知らせよう!」とこのメールはナマケモノ倶楽部からあちこちに転送されました。

ちょうど東京都府中市に藁ブロックの内装でフェアトレード商品の販売とオーガニックフードの提供をする「カフェスロー」がオープンしたばかりだったこともあり、ナマケモノ倶楽部のイベントとして、カフェスローで「暗闇カフェ」をやることになりました。

闇の中での通常営業。キッチンで最低限の電力に押さえながら、客席にローソクを置いて、おいしいスローフードを堪能しながらアコースティックのピアノ演奏をみなで愉しみました。暗闇を謳った割には都会は明るく、本当の真っ暗闇にはならないこと、炎の色が蛍光灯の色とは違ってやさしくまた暖かいということ、ローソクをひっくり返すと火傷にも火事にもなり危ないこと、など参加者を含め私たちが改めて気づいた自然とのつながりがたくさんありました。

このイベントはカフェスローの名物になり、現在では毎月2回開催されています。バイオリンやピアノ、アカペラなどのアンプラグドな音楽と、蜜蝋ローソクの炎がゆらめく中での大切な人との時間は、「今、ここ」を実感できるものになっていることでしょう。

5.「100万人のキャンドルナイト」へ

2001年の自主停電運動は、世界中の何万人という市民グループや個人によって実践されました。日本ではナマケモノ倶楽部を中心にカフェスローで記念すべき第1回目の「暗闇カフェ」が開催されました。アメリカのオレゴン州ポートランド市では、6月21日当日の電気使用量が前年より3%減少したというデータが出たそうです。

ナマケモノ倶楽部世話人の辻信一さん(明治学院大学教授、「100万人のキャンドルナイト」代表呼びかけ人)は、「この自主停電への反応は実に様々だったようだが、ひとつ確かなのは、多くの人がエネルギーについて、そして暗闇について考えるきっかけを得たことだろう」とコメントしています。

2002年の夏至もナマケモノ倶楽部では自主停電を呼びかけ、「エネルギーの引き算」をテーマに「アンプラギングパーティ@カフェスロー」を開催しました。「ズーニー運動」の具体例として、電気や化学物質を使わない「非電化製品」を発明している藤村靖之さん(『愉しい非電化』著者)をゲストに迎え、「非電化除湿機」のお披露目を行いました。この除湿機は湿気を満杯に吸った除湿棒を2、3時間、太陽に干して乾燥させるだけで、半永久的に使うことができるエコ製品です。少し不便だけどアイデアが愉しいという非電化製品に、参加者たちの関心が集中しました。

また、日本で先駆的に有機農業の産直運動に取り組んできた「大地を守る会」もイベントに参加し、ハゼの油からできた和ローソクや手作りの行灯、洗濯板など、日本に伝わるズーニーグッズの数々を展示してくださいました。

その年の秋、大地を守る会の藤田和芳会長から、社員合宿を電気を消して行灯で過ごしたら社員にも好評だったと報告がありました。その後、辻信一さんと藤田会長でアイデアをあたため、「2003年からは名前をリニューアルして、もっと全国的なムーブメントにしよう」と意気投合しました。

「自主停電運動」ではオシャレではなく、環境に関心のある人のアンテナにしか届かない。けれども、たとえば「キャンドルナイト」という名称なら、ふつうの若い人が気軽に参加できるイベントになるのではないか。キャンペーンに脱石油、反原発などの「思い」は必要だが、手法としてはもっと間口を広く、イベントに参加することで他の問題にも興味をもってもらえるような仕掛けを作ろう。

2003年1月、辻さんと藤田会長から、このキャンペーンを一緒に展開したい呼びかけ人に声がかかりました。環境ジャーナリスト・通訳の枝廣淳子さん、大手広告会社で働きながらNPO活動に参加するマエキタミヤコさん、作家の立松和平さんなど、さまざまな職種や団体の人が集まり、実行委員会が開かれました。「1万人参加するかな?」「いや1万人では語呂が悪いから思い切って100万人とうたおう、目標であって100万人が参加しなくたっていいのだから」、さまざまな意見を経て、この夏至の日にたった2時間電気を消すことを呼びかけるために発足したプロジェクトは「100万人のキャンドルナイト」と名づけられ、ひとつのムーブメントとして動き出しました。

6.でんきを消してスローな夜を

「私たちは 100万人のキャンドルナイトを呼びかけます。
2003年の夏至の日、6月22日夜、8時から10時の2時間、
みんなでいっせいにでんきを消しましょう。
ロウソクのひかりで子どもに絵本を読んであげるのもいいでしょう。
しずかに恋人と食事をするのもいいでしょう。
ある人は省エネを、ある人は平和を、ある人は世界のいろいろな場所で
生きる人びとのことを思いながら。(中略)
でんきを消して、スローな夜を。
100万人のキャンドルナイト。」
100万人のキャンドルナイト呼びかけ文より)

実行委員会では、夏至の日の2時間、ただ電気を消すことだけを呼びかけました。「環境にやさしい」とか「地球温暖化を止めるために」とか「石油に依存したエネルギー政策に反対して」という文言はどこにもありません。たった半年しか準備期間がないにも関わらず、スローライフが時流になったこともあり、この呼びかけは瞬く間に広がりました。

まず温暖化防止キャンペーンをどう国民に普及しようかと頭を抱えていた環境省が後援につきました。それから「消灯なら予算がかからないし、エコロジカルだ」と岩手県をはじめ千葉県、熊本県の知事が賛同メッセージを寄せてくれ、県庁舎などの消灯を約束してくれました。また坂本龍一さんや中嶋朋子さんといった有名人もエールを送ってくれました。環境や脱原発に取り組む市民グループから「生ぬるい!」と反発が来ないかという心配も杞憂に終わり、全国のNGO、学生サークル、カフェ、ホテルなどまさに、産・官・民が一体となって「でんきを消してスローな夜を」と夏至の日の2時間のために動き出したのです。

7.インターネットを駆使した参加型プロジェクト

100万人のキャンドルナイトプロジェクトが、実行委員会主導でイベントを全国で開催したのではなく、趣旨に賛同するグループや個人、企業が「100万人のキャンドルナイト参加イベントです!」とエントリーすることで自然派生的に広がっていったのには、ホームページと言う現代のネットワークツールを特筆すべきでしょう。

「キャンドルスケープ」という機能では、「今、日本全国で何人がキャンドルナイトに参加しているのか、自分の住む県ではどのくらいの人が参加しているのか」ということが、日本地図上のローソクの灯りで可視的に伝えることに成功しました。

「夏至の日のキャンドルナイトに参加します!」と賛同する人たちは、携帯電話あるいはパソコンから自分の家の郵便番号を指定のEメールアドレスに送信します。すると返信で「あなたは何番目のキャンドルをxx県にお住まいの方から受け取りました」というメッセージとともに、郵便番号に相当する県のあたりにひとつ、ぽっと灯りが増えるのです。全国的な動きがわかるとともに、「自分がキャンドルのリレーに参加しているんだ」、という自己参加の動機づけにつながりました。

このほか、全国のイベント情報を紹介するページや呼びかけ人や賛同人のメッセージを若いウェブ制作メンバーのセンスと技術でおしゃれに発信することで、硬い環境運動ではなく、「おしゃれでロマンチックなイベント」というイメージで認知されていったのだと思います。

8.おわりに:日本から世界へ

2003年6月22日。事前に新聞やラジオなどで大きく取り上げられたこともあり、全国で20以上の大小のイベントが企画されました。東京都港区では、実行委員会メンバーを中心に増上寺で東京タワーのライトダウンをみなでカウントダウンしようというキャンドルナイトイベントを開催しました。忌野清志郎さんや浜崎貴司がカウントダウンライブに協力してくださったこともあり、ふだん環境や平和などのイベントに参加したことのないふつうの若者たちが「でんきが消える瞬間」を見ようと増上寺に集まりました。

境内には、ナマケモノ倶楽部をはじめ大地を守る会などの市民グループのテントが並び、キャンドルナイトの説明とともに、自分たちの会の活動を紹介したり、パラフィン(石油)ではない自然素材の蜜ローソクの紹介をすることで、参加者たちとの出会いがありました。

環境省の発表では、夏至当日、日本全国で500万人の人がこのキャンドルナイトに参加したということです。私たちの予想をはるかに上回るものでした。ナマケモノ倶楽部にも「自分はこんな風に友だちをキャンドルを灯した」とか、「市民グループでふだんはどうしても硬くなりがちなイベントが、キャンドルナイトというテーマをもってくるだけで、ゲストのお話をより幅広い人に聞いてもらえた」、「家族とはじめてゆっくり食事ができた」など様々なフィードバックをいただきました。どの感想も「たのしかった」「ローソクの炎のやわらぎを再発見」「スローとの接点ができた」「キャンドルナイトを定期的に家でやるようになった」など、参加者自身に「愉しむスローライフ」のきっかけを与えることができたのではと感じています。

2001年にアメリカ発、オーストラリア経由で飛び込んできた「自主停電運動」の呼びかけは、2003年に「100万人のキャンドルナイト」として日本発の一大ムーブメントに生まれ変わり、2004年には日本から世界に「スローライフを広めるイベントツール」として広く紹介されました。

「スローライフ」。カタカナで書くと海外からの新しい考え方のように思いがちですが、日本ではもともと修理修繕の文化や美しい四季折々の自然素材を使った職人技など、まさにスローカルチャーが各地に存在していました。キャンドルナイトとの関連でいえば、手透きの和紙で作られた行灯を使ったキャンドルナイトイベントや土蔵の中で手作りの食事を持ち寄ってのキャンドルナイトパーティ、みつばちが集めた蜜蝋で作られた蜜蝋キャンドルの手作りワークショップ。それらは「ああ、スローライフって日本にもちょっと前にはあったものなんだ」という新鮮さを呼び起こしました。

環境省は2004年夏至に行われた「100万人のキャンドルナイト」には、600万人が参加したと発表しました。1年に2回、夏至と冬至に呼びかけるこのイベントは、あくまできっかけのひとつ。でんきを消す、ローソクを灯す、あるいは暗闇で過ごす、というシンプルな行動を通じて、そこから私たち1人ひとりが何を美しい・愉しい・安らぐと感じ、自分はどのような人生を送りたいか、と自分のライフスタイルを見直すきっかけになればと思います。

上にもどる
コラムの目次にもどる