中村:今回がスロービジネススクール2回目の合宿です。実はこの前に九州でもやったんですが、今回も台風が来ているという、嵐を呼ぶスロービジネススクールです。今日来られている方の中でスロービジネススクール1期生の方は手を上げてください。2期に応募をされている方はいらっしゃいますか?はいありがとうございます。
さきほど(今回の共催団体である)ナマケモノ倶楽部についての紹介がありました。ナマケモノ倶楽部は1999年にできたんですけれども、それまで環境運動をやっている団体はあまりビジネスをやってなかったんですけれども、ナマケモノ倶楽部は最初の段階から積極的にビジネスをやっていこうという話をしました。
ナマケモノ倶楽部発足ミーティングの場で「ビジネスをやりたい人?」と聞いた時に手を挙げたのが小澤くんです。それで200年7月に「スロー」というコーヒーを焙煎する会社ができました。小澤くんはスローを始めて4年3ヶ月、(ゆっくり堂の)小形さんは1年と半年、(スローウオーターカフェの)藤岡さんは1年と2ヶ月ということで、まだみなさん悪戦苦闘しながら、しかし着実にスロービジネスを展開していっています。
今日は3人に15分ずつ話をしてもらったあと、皆さんから「こんなこと訊きたい」ということを遠慮なく質問していただき、その質問に答えながら進めていきたいと思います。
<Coffee as movement、スロー社の歩み>
小澤:皆さんこんばんは。スローの小澤と申します。今ご紹介いただいたように、ブラジルとエクアドルというで無農薬栽培されたコーヒーを中村さんの所でフェアトレードという形で輸入していただいて、それを自社で焙煎して、飲食店様や小売店様に卸売りをする業態の珈琲屋です。
オーガニックという言葉をご存知の方はどれくらいいらっしゃいますか?多いですね。フェアトレードという言葉をご存知の方はどれくらいいらっしゃいますか?多いですね。自分はオーガニックやフェアトレードという言葉をナマケモノ倶楽部が立ち上がった時には知らなかったんですね。今日こんなにいらしてくださって、お話しすることを光栄に思います。堅苦しいのが嫌いなので、気楽に聞いていただきたく思います。今日参加して、来ていただいた方は、何かを始めようとかこれからこうやろうとして来ているのかもしれませんが、何かのきっかけになればいいなと思ってお話しします。
<スロー発足>
どんなことを話すかと言うと、「こんな会社でも4年は持つよ」って言う話です。今オーガニックもフェアトレードも知らなかったっていう話をしました。99年にナマケモノ倶楽部っていうNGOが立ち上がって、ナマケモノ倶楽部の話をし始めると長くなるんで今日はしませんけど、今の人間の生き方を見直したらどうかっていう団体です。ナマケモノっていう動物は実はすてきな動物で、彼らのライフスタイルに人間こそ学ぶべき点が多いのではないかっていうような発想なんですね。
会社を始めることは決まっていて、最初はこのような雰囲気で話を聞きに行って、辻さんが「ナマケモノっていう動物知ってる?」っていうところから始まって、「で、この中で会社をやりたい人は?」て聞かれて、(小澤が)手を挙げたって中村さんは言われましたけど、そこで手を挙げたのが2人いましたが、実は自分は手を挙げていないんですね。最初は「うさん臭くてやだな」って思っていて、自分の相棒の大野晋一郎、馬場健一郎っていうやつは手を挙げていたんです。「あぁ、すげえなぁ」とか思っていて、こうやってやる気だけで始まった会社です。
<甘えていた3人>
1年目、2年目、3年目と順を追ってお話ししますけれど、1年目はほとんど平日の昼間だったと思うんですけど、外でキャッチボールとかしてました。キャッチボールで投げたボールが隣のおじさん家に入ってしまって、コラって怒られるくらい馬鹿なことをしていました。何でそんな馬鹿なことをしていたかと言うと、1つはナマケモノ倶楽部っていうNGOがバックアップしてくれていた会社だったので、そのことにも甘えていたんです。自分たちの会社だっていう意識もなかったんだと思います。あとは、国から新規創業支援という助成金をいただこうと思っていて、それは1年間300万円を国からもらえて、それを返さなくていいという話で、割と簡単にとれるっていう話だったんです。それで自分たちはとれたものだと思っていて、お金を生み出すことは全く考えていなかったんですね。
その2つのことがあったので、言い訳なんですけど、1年目は完全にサークルのような感じでやっていました。ただ、300万円を用意して始めたんですけど、あっという間になくなって、3ヶ月めに「給料出せないよ」、「え、マジで?」という会話をしています。
2年目もそんな状態でしたので、1人、もう続けられないと抜けてしまいます。それでもうどうしようかなってことになったんですけど、自分は楽観的な人間なので、もう少しやらせて欲しいという気持ちがありまして、なんとか続けていこうという方向になりました。
<おいしいコーヒーとは?>
最初はその助成金のこともあって、代表取締役を中村さんにお願いしていたんです。それをまずやめて、残った大野という人間と自分とは3つ年が離れてまして、じゃあ自分がやればいいかということで、代表取締役に就任します。ここで、自分たちの会社なんだっていう自我の目覚めがありました。
ビジネスの方はというと、オーガニックのコーヒーで、フェアトレードという取引形態でと、本当に理念の部分では100%の自信があったんですけれども、いろんな所で飲んでいただいて、「お前たちのコーヒーおいしくないよ」っていう声もあって、「あぁ、これはだめだな」と思いました。中村さんのような方がフェアトレードやオーガニックの話をするのと、自分みたいな人がフェアトレードやオーガニックについて話すのとでは全然伝わり方が違うんですね。全く自分の中でも消化しきれていない状態だったので、人に伝わらないんですよ。「あぁ、こりゃだめだ」と思いました。
自分たちのビジネスの軸はコーヒーですから、このコーヒーがおいしいって言ってもらえないとだめだと思いました。それを思うようになったのは1年経ってからなんですね。最初自社で焙煎しているコーヒーが美味しいのか美味しくないのかさえ分からないんですよ。いろんな所に勉強しに行ったり、コーヒーを飲みに行ったりして、「あぁ、美味しいようになってきたかなぁ」って言えるまでにやっぱり2年くらいかかりました。
<エクアドル、人との出会い>
3年目に入って、1人友だちなんですけどアルバイトに入ってくれて、また3人態勢になったこともあって、2002年秋にコーヒー生産地のエクアドルにも行くことができました。これは自分にとってとても大きなことでした。「フェアトレードっていうけど、行ってきたの?」って言われても「いえ、まだなんです」としか答えられなかったんです。エクアドルは凄い森なんですけど、本当に陽気でいい意味ですごくアホな人たちがコーヒーを作っていて、そういうのを実感できたことは、自分にとってとても大きかったです。
ナマケモノ倶楽部でエクアドルへのツアーを組ん でいて、それに自分が同行させてもらった形なんですけれど、ちょうどそのツアーで一緒に行った方がコンサルタントの会社にいた方で、そのツアーを機に会社を辞めるということで、いろいろなお話を旅の途中にしました。全然視点が違うんですよね。自分は思いだけで自分が生きたいように生きて、やりたいから会社をやっていた訳なんですけれど、でもこの資本主義の中で会社をやっていて、その人が言う「会社の理念ってなんですか?」「売上って何ですか?」「利益って何ですか?売上−コストですよね?」っていうのは自分にとって必要な要素だなと思いました。
こういう方と一緒にやれたら、自分にない要素をもっているので面白いことになるんじゃないかって思って、自分の会社の相談役になってもらえるようお願いをしたんです。それから今まで一緒に2年間2人3脚でやっているんですけれども、そんなような出会いのある旅でもありました。
<試飲会、イベント出展での手応え>
一方で、せっかくアルバイトとして入ってくれた友人も、やっぱり全然お給料も出せていない形だったので、結局やめることになりまして、また2人になりました。自分の中では、フェアトレードやオーガニックのコーヒーっていうのは美味しいし、中村さんというずっとやられてこられた方もいらっしゃいますし、会社をやめようと思ったことはなかったです。
4年目になって「自分の相棒が焙煎するコーヒーはもう本当に美味しい」って自信も持てるようになりまして、試飲会を小売店の店頭とかいろんなところでやりました。去年の年末にはエコプロダクツというビッグサイトでやる展示会に出て、3日間でのべ600人位の方に飲んでいただきました。みんな美味しいって言ってくれて、本当にそれはありがたいことなんですけれど、皆さんがふだん飲んでいるコーヒーが美味しくないんだなと逆に確信を持ちました。そうしたらおいしいものを求めるのが人間の本質だと思いますし、そりゃいいや、じゃあこんな美味しいって言われてるコーヒーが広まらないはずがない、と自分のやっていることにどんどん手応えをつかめてきました。
<コーヒーに恋をしよう!>
「Coffee as movement」というキャンペーンを今年の元旦から始めました。試飲のコーヒーを「美味しい」と言ってくれた方に対して「投票行為」をやろうというアイデアです。エコプロの展示会の時に飲んでもらって美味しいか美味しくないかをお聞きして、美味しいって言ってくれた方に、「ではそのコーヒーをどこのカフェで飲みたいですか」とお聞きします。それを集計したものをお店に持ってっちゃおうという発想です。お店の人には「そんなにそれを飲みたい人がいるのか」っていうニーズも分かりますし、自分たちにとっては営業になります。で1票を書いてもらった人には、「1票がこういうことに繋がるんだよ」って実感してもらいたかったんです。
フェアトレード、オーガニックということを調べていくと、アフリカの黒人が連れてこられて…という奴隷の歴史と繋がってきて、すごくメッセージがシリアスなんですね。農薬や肥料の問題もすごくシリアスです。そこまで伝えるためには美味しくて愉しいメッセージをまず先に伝える必要がある。
よく「コーヒーに恋をしてください」って言うんですけど、その後じゃないと、自分みたいに若い人には「もううるさいよ」ってことになってしまいます。じゃぁその前にコーヒーの虜になってもらって、それからメッセージを受け取ってもらおうというスタイルで来ています。実際に飲食店さまの中にはオーガニック、スローフードブームがありまして、君の所のコーヒーを仕入れてみようという経営者の方も増えてきています。
最後に日本のフェアトレードの市場というのが0.1%しかないんですね。進んでいると言われているヨーロッパでは1〜3%あると言われています。そうすると、0.1%で1%だと10倍になるわけですよ。そうなると「がっはっはだなぁ」と思うんです。それで今うきうき仕事をしています。そんなところです。ありがとうございました。
中村:小澤さんありがとうございました。1つだけ質問を受けたいと思います。いませんか?それではわたしから。小澤くん、大野くんは給料を稼げずに、しかし続けることができたのはどうしてですか?
小澤:物理的な条件としては、自分も大野も実家暮らしなので、自分で家賃とかそういったものを捻出する必要がない、ということが大きいと思います。実際1年目で抜けていった彼は1人暮らしで、経済的にも精神的にも親元から離れて辛かったのだと思います。
精神的には、中村さん自身も食べれなかった時代があったことも聞いてますし、自分は食えないことでやめようとは思わない人間です。青森で無農薬どころか無肥料でリンゴを作ろうとしたら、10年リンゴが出来なかったそうなんですね。人によってその耐えられる時間というのはまちまちだと思うんですけど、すごいなぁと思います。5年でやめても「あいつは情けないな」とか思わないと思うんですけど、10年やり遂げたっていうのを聞くと、やっぱりやれちゃうんだなって思うんです。だからやれないことはないって思います。
中村:それでは小形さんお願いします。
<よろずやエコ集団、ゆっくり堂>
小形:それでは始めさせていただきます。有限会社ゆっくり堂という会社をやっています。共同代表なんですけれども小形恵と申します。まず会社のこれまでを簡単に説明させていただきたいと思います。
2003年2月に会社を作りました。共同代表を大石と私でやっています。資本金はその当時最低のラインだった300万円です。私たちの起業理念、というほど立派なものではないんですけれども、「エコよろず集団」と言うのがあります。実は、私も大石も「これを中心にビジネスをやっていこう」というものがあって起業したという要素は少し薄いんですね。「よろずや」的なことをやっていこうということで、「エコよろず集団」となっています。
「よろずや」的なこと、それはスローライフを提案していくものであって、自分たちが好きで、さらにこれ以上地球環境に迷惑をかけないということであれば、いろんなことが事業になります。例えば、ローソクとかエコツアーとか、いろんなことを制限なく、自分たちがやれることをやれる範囲でやろうという意味を込めています。
「私たちの思い」と言うことで、1番上に「私たちの身の回りには」というのがあります。たとえば、100円ショップでは便利さと安さを「売り」にいろんなものが売られているんですけども、結局ごみになったら土に還らないものがすごく多いですよね。
100円で買えてしまうのに。ものすごく長い年月かけて作られた石油が100円と交換されて、使い捨てられていく。私はよく100円ショップに出没するんですけれども、買い物をするためではなく、商品のアイディアに詰まった時に行くんです。100円ショップは「使い捨てに頼らないビジネスのヒント」がある不思議な空間だと思っています。
2つ目にあります「物や情報のデザイン」というのは、例えば壊れたら修理をしてまで直したくなってしまう、そういう一言で言えば愛着だと思うんですけれど、愛着のわく商品を作っていきたいと思っています。ナマケモノ倶楽部の辻信一さんが最近出した『スロー快楽主義宣言』という本の中に「仕事という快楽」というコーナーがあって、その中で西村さんという『自分の仕事を作る』という本を書いている方の紹介があります。「ものづくりに関わる」という一文では「モノづくりに関わる個人や企業が、一度生活者としての自分に立ち戻って、『本当に必要なものは何か、自分にとって大切なものは何なのか』と問い直してみる。」というのがあるんですね。私はこれがすごく大事だなぁと思っています。作ってみて「これを持ちたくないや」とか「自分だったら使いたくない」と思うものを作りたくないなぁと思います。
<ゆっくり堂の3つのお仕事>
ゆっくり堂は、一応よろずやなんですけど3つのテーマをもっていまして、1つが「暮らしの道具作り」と言っています。たとえばローソクとか行灯ですね。ものを作るときに私たちが考えることは、作った人の顔が見えることであったり、その作られたストーリーが分かるということ。あとは暮らしに根ざしているということですね。商品についての情報を公開するっていう視点に立つと、悪いものが出来ない。今まではまだないですけど、多分商品開発って言うことだけを考えてしまうと、盲目になってしまうところがあると思うんですね。でも情報は公開するものという視点に立っていれば、間違いというのは犯さないんじゃないかなと思います。
これは皆さんポスターやハガキなどでご覧になったことがある方もいらっしゃるかもしれないんですけど、ローソクをゆっくり堂が作り始めたのには、『100万人のキャンドルナイト』というイベントと深い関わりがあります。こういうキャンドルナイトカルチャーというスローな文化が根付くのに合わせて、それを応援するようなグッズを作りたいと思い、ローソク販売を始めました。
2つめのお仕事としては「情報デザイン」です。世の中には大きな出版社とか、テレビとかがある訳ですけれども、草の根だからできることっていうのがあると思うんです。以前「ピースローソク」と言う本を自費出版で出して、あとは他の出版社さんと組んで『スローライフ100のキーワード』って言う本を出しました。これが今度出す予定の「スロービジネス」の表紙です。亀で裏に行くとそろばんを持っているんですね。ぜひ楽しみにしていてください。
3つめが「住環境デザイン」です。私たちの会社は5人名前を連ねておりまして、その1人が大岩剛一さんという人で、彼は建築士で住環境デザインということをずっとやってきた人なんです。その1つの例が藁の家なんです。藁の家をご存知の方はいらっしゃいますか?詳しく話すと時間がなくなっちゃうんですけど、藁のブロックを積み上げていって土壁を塗って完成させるお家です。これ作っているのは全部素人なんですね。もちろん建築士や左官屋さんも関わるものなんですけれど、素人でも関わることができて、素材は全部藁で自然素材です。素材を選ぶところから参加できてしまう家作り。つまり住む人が参加できる家作り、住んでいる人が暮らしの風景というのを想像しながら建てられる家なんです。
これは実際に藁の家をワークショップ形式で作ったものなんですけれど、それに参加してくださったある方が面白いコメントを残してくれました。「この家は暮らす人の姿が目に浮かぶ家だね」住環境を作る時にも、道具と同じように多分作った人や使っている人をあまり視野に入れないで作られているんだと思うんですよ。
<理想の生き方を実現するための手段>
次に私が何で起業したかを簡単に説明したいと思います。一言で言うと、自分が描く理想の社会とか、こんな暮らしをしたいなぁという生き方を実現するための手段と言っていいと思います。ずっと日本を何となく嫌いでいたんですけど、今も好きか嫌いかって言われたら嫌いででも好きなところもあって、ずっと生きづらさを感じていて、社会に対して違和感を感じていたんですけれども、それがきっかけで海外をいろいろとふらふら旅をするようになって、帰ってくる度に何かが違うと思い始めたんですね。その時に思ったことを一言でまとめると、「本当の豊かさって何なんだろう」ってことだと思います。
起業してからの実感というのはいろいろありまして、まずひとつが丸ごと味わえる愉しさと出会ったこと。これは起業した人はみんな経験することだと思うんですけれど、手作りの部分とか手作業の部分とか、全体をコーディネートするような時があるんですけれど、丸ごと最初から最後までプロセスを楽しめる点が愉しくてわくわくすることだなぁと実感しています。
2つめは素人でもちょっとやってみることとその開ける可能性ですね。たとえば本の出版に関しても、私も大石も別に出版の仕事をやったことがあった訳ではないんですね。ただ大石は本が好き、私は昔から辻信一さんと働いていたので、ちょっとは興味があった。そしてちょっとずつ辻さんの指導を受けながらやっていって、今度2冊目の本も出すことになった。
3つめは、ある時中村さんと喋っていて気づかされたんですけれども、社会との接点が増えたことです。スローライフと言うと、現代の生活と逆行する、あたかも社会から離れていってしまう気がしてしまうんですけれども、でもビジネスをやると、結局社会とも今まで関わりのなかった苦手なお役所などとも接点がどんどん増えてきました。
4つめは、手作りの面白さを実感できたこと。ゆっくり堂が今、結構動いていることの1つに「ローソク手作りワークショップ」というものがありまして、実は企画している私が1番楽しんでいるんじゃないかと言われています。自分が使う物を自分で作ることは難しいと思わされている社会だと思うんですが、でも実際やってみたら出来ちゃったって言う感想がすごく多いんですね。最初は皆さんすごい聞くんですよ、マニュアルのようなこと。でもほっとくと、みんな気がついたらすごく素晴らしい作品を作っています。
<今後の展望>
今後の展開なんですけど、インターネットショップを充実させていきたいと思っています。売上を伸ばすには卸を拡大するための営業活動を、これは本当にだめだなと思うくらい弱いので、それをやっていくのと、それとインター
ネットショップの可能性をもうちょっと探っていきたいと思っています。
それからオリジナルの灯りグッズの開発。手作りの要素、お客さんがちょっと手をかける要素を商品には残して行きたいなと思います。それは結局愛着に繋がると思うんですね。
そのほかに、ゆっくり堂だからできる本の出版。この『スロービジネス』という本も中村さんとのつながりがあったから生まれたわけですし、ゆっくり堂だからできる本だと思っています。
<半農半ゆっくり堂>
個人的には、「半農半X」という言葉がありますが、私は「半農半ゆっくり堂」というのを実現していきたいと思っています。それは土と風と太陽と生き物と仲良く暮らす、より近い暮らしをしようという、オーストラリアで学んだことに基づいているんですけれど、やっぱり土と近くありたいなぁと思っているので、それとビジネスを両立させたいと思っています。
そこでは畑作業とゆっくり堂の業務を半々にするんですね。「いのち」に近い暮らしをしていたら、間違った商品は作らないと思います。そこではWOOFERやインターンを受け入れたいと思っています。先ほどゆっくり堂の売上を見ていただいたように、とてもバイトを雇う余裕なんてないです。でも仕事はすごくあって、せめてもう1人いればこれができるのにという時が正直あります。もちろん私たちの努力不足というのがあるんですけれども、そんな時にWOOFERとかインターンみたいな人たちを呼んで、丸ごと体験してもらいながらやるってことに可能性を見出したいなぁと思っています。
「スローカルチャービレッジ」、これは最近中村さんの中で流行っている言葉で、私も結構気に入っています。スロービジネスについて学んだり、畑作業について学んだり実践したりする村。そんなところで事業を展開できるといいなと思います。
<愉しく美しく安らぎのある住空間を>
最後なんですが、今テーマとして1番強く思っていることに、愉しく美しく安らぎのある住空間を造るというのがあります。去年オーストラリアに行った時に、パーマカルチャーの創始者デヴィッド・ホルムグレンの奥さんの言った言葉ではっとさせられたんですけども、彼女たちは「パッシブソーラーハウス」という太陽をうまく取り入れた家に住んでいて、とにかく明るいんです。彼女に「パッシブソーラーハウスの良いところは何ですか?」と聞いたんです。大体そういう質問をすると、みんな省エネだからって答えるんですけど、彼女は「ハッピーだから」って言ったんですね。「自分の暮らす空間を心地よくすれば、例えば化石燃料をばんばん燃やして、みんなが大はしゃぎでバカンスに出かけるとか、消費に走るってこともないんじゃないか、自分の暮らす空間を心地よくすることが、立派な環境運動である」というんです。このことを皆さんに提案して、会社として実践していきながら成長していく企業でありたいと思っています。
中村:ありがとうございました。1つだけ質問したいことがあったら手を挙げてください。
参加者:私は学生なんですけど、この先の職業としてのお話に刺激を受けました。インターンというのはまだ具体的には募集はされていないんですか?
小形:あくまで私の頭の中とか仲間で盛り上がっている段階で、私は勘としてこれは実現していくと思っているんですけども、募集期間とかこういう条件というのはまだ決めてないです。
中村:インターンが出来ますか?という話でしたけど、多分これから参加できる部分が増えてくると思います。それでは3人目の藤岡さんお願いします。
<この人たちとつながっていきたい、SWCの取り組み>
藤岡:皆さんこんばんは。スローウォーターカフェの藤岡と申します。スローウォーターカフェは今お2人が話したような感じで、自分の仕事とか態度として今日のテーマであるスロービジネスっていうことを表すのにはちょっと心もとないというか、ちゃんと仕事として確立できていないので、今日は自分がこの人たちと繋がっていきたいと思ったもう既にスロービジネスを実践している人たちが各地にいろんな方がいるんですけど、その人たちの話を中心にしたいと思います。
スローウォーターカフェは2003年の7月に、東京都の助成金300万円と出資者からの出資金を元に設立しました。実は設立して1年でカフェをオープンすることを最初の約束として始まった会社なんですが、仲間が脱退したりとか、それによって出資金が減ったりとかいろんなことがありまして、カフェオープンの目処は今のところ立っていません。具体的に今何をやっているのかというと、ウェブサイトを中心にエクアドルの雑貨の通信販売と卸し、このカフェスローで使っているエクアドル・インタグ地方のフェアトレードの商品を企画したり輸入したり卸したりすることをやっています。
<会社名の由来>
スローウォーターていう名前で水が出てくるんですが、それはどうしてかといいますと、自分が学生の時に3ヶ月住んでいたエクアドル、フニン村での体験にもとづいています。そこが日系企業の鉱山開発に1回村の中の川を汚染されてしまったという経緯があるんですね。今それとは違うライフスタイルをしていくために、森の中にコーヒーを植えるという選択をして、それを作ったり、麻の製品を作りだしたりしているところです。
そのすごく透明で人の生活の中心になっていて、その川の佇まいにすごく自分が影響を受けたので、それをモデルにウォーターという名前を付けました。エクアドルという国は日本の人口の3分の1で、面積は10分の1のとても小さな国です。具体的には自分の住んでいる地域がすごく好きな人がたくさんいて、そういう人たちがいろんなことを始めているというのに、影響を受けています。
学生の時にエクアドルを吉岡さんと一緒に旅をしたという経緯もあって、藁ブロックを積むところからカフェスローの設立に関わって、フェアトレード商品を並べるとか、委託の率を人々とやり取りするようなことを学生時代に経験させていただいて、自分が就職とかの話が入ってくる時には、すでにフェアトレードを知っている世代でした。今は、自分が見てきた4つの森のイメージで、それぞれ魅力的な商品を作っている生産者がいるので、その人たちと繋がって、企画したり輸入したりしています。
<エクアドルとのつながり>
まず尊敬する人の第1なんですが、この人はノルマという人で、エクアドルのグループで女性の38人くらいのグループがあるんですけど、この人たちは男の人たちはコーヒーを育てるからいいんですが、自分たちは飴を買うのにも旦那さんに許可をとらなければいけないというような、すごく女性は肩身が狭い文化のところだったんです。しかも鉱山開発に反対しているので、教育とか医療とかに関するインフラを政府が整備してくれないという状況で、彼女たちは女の子同士で集まって、エクアドルに自生するサイザル麻、別名カブヤと言うんですけれども、それを干して染色して商品をつくるという仕事をみんなでやっています。
元々はこの繊維をこうしておじいさんとおばあさんがこうやって端と端を、赤い糸のようによっていって、馬の鞍とか家畜を結ぶロープとして使われていた物なのですが、最近こんな電気が最近やっと通ったような辺鄙なところにまでナイロンの紐が入ってきてしまって、その文化が途絶えてしまったところでした。でもまだおじいさんたちはやっていたので、この女性たちは森の中に行ってクルミとか木の皮とかで染料になるものを見つけて染色を始めました。そして商品としていった訳です。そういう風にしていると、村の中でもこれができることはかっこいいことなんだという気風が戻ってきました。若い人は染めや編みが全然出来なかったのですが、これがかっこいいとなれば、こういう文化が継承される契機となっています。
その人たちと一緒に作ったのがこの水筒ホルダーです。日本には555万台の自動販売機があるんですけれども、そうやって煌々と光を放ち続けている自動販売機を使って何かを飲むよりも水筒を持ち歩いた方が、おしゃれだったり、愉しかったり、美味しかったりするというのを事業を通して伝えていければということで作りました。何回も工夫を重ねたりなどして、最初は2色位しかなかったカブヤなんですけれど、サンディさんという人が提案して、彼女たち地元の人が作るようになったんですけど、どんどん表現も豊かになり、自分の住むすぐ近くの森にはこんなにもたくさんの染料があるということを、人々が自分たちでどんどん探し始めてだんだんカラフルになったりしています。
この前は日本人はバッグをいっぱい使い捨てにしているんだったら、こういうのを持った方がいいんじゃないかと逆に提案されました。このバッグは寝袋型なんですね、というのはここはバックパッカーの人が持っている寝袋を彼女たちはよく目にしていて、そこにインスピレーションを得てエコバッグを作ってくれました。
水筒ホルダーは、こうやってカフェスローとかから若者に広がっていたり、ガールスカウトで使ってくれたり、ガールスカウトの活動の中でカブヤ、水筒ホルダーって知ってる?って真ん中の紙に書いてあるんですけど、彼女たちに日系企業が鉱山開発をしてしまったこととかを伝えたりですとか、環境教育のような動きにもなっています。大事なことはそういうことも生産者の彼女たちに伝えるようにしていて、しかも彼女たちは自分たちの暮らしのまま、例えばお鍋がコトコトなったら手を休めたりとか、子どもが泣いたら休めたりとかそういう環境の中で働いていて、教育とか寺子屋教育とか自分たちが高校程度の教育を受けてそれを子どもに還元するということに繋がっています。
ほかには、ヤシの実で、これは象牙に代わるオルタナティブと言われていて、削りカスを豚が食べてくれたりとかするエクアドルの森に自生するものなんですが、これは石油のパイプとかを通すような大規模な開発のオルタナティブになる商品です。こういうのを作ったりしています。
<物づくりでのつながり>
水筒も私がいつもやりたいと思っている動機は、自分が住んでいる地域がすごい大好きでそこに誇りを持っている人たちが何かを作っているという物づくりの姿勢に惹かれているんですが、これはハチドリの水筒で、新潟の燕三条という金属の磨きの技術があるところで、ほとんど中国に進出してしまう水筒の産業なんですけど、スノーピークと一緒に作っています。
これは森のお守りと言いまして箸なんですけど、これは首から下げて持つ箸です。さっきの水筒もそうだったように、結局鉱山開発をおこしてしまったのは自分たちのおこしたライフスタイル、エネルギーを大量に消費したりとか使い捨てを簡単にしてしまったりかっこ悪くて効率の悪いライフスタイルなので、それを変えるための商品をこうして作っています。これは大阪のナマケモノ会員の太田君という人がネーミングをしてくれて、お守りに見えるからお守りという名前にしたんですね。そういういろんな人と自分の得意なこととを響き合わせて仕事をして、良い物ができるなというのが実感です。
<フェアトレード、若い世代として何ができるか>
これはそのエクアドルの生産者のエドムンドという私の大好きな人なんですが、彼も水筒を持っています。コーヒーの話は小澤君とかもしていたので、ちょっと映像を見ていただきます。あそこのこんもりとしたところが、エドムンド君がコーヒーを作っているところでそこで気持ちよく働く、こうやってアグロフォレストリーという、森林栽培をすることで、自分の村を変えていくということをやっている訳です。
私たちは中村さんが確立したフェアトレードの中で自分たちの世代ができることはどういうことだろうって同じ世代の人たちにどうしてコーヒーを飲みたいと思うかとか、美味しいとか、エクアドルでこういうことを考えてくれている人がいるというのを試飲会をやって伝えたりとか、同世代として語りかけてずっと続く関係を作ろうとしていて、これは生産者に日本で感想を頂いたパネルを持っていっているところです。左がフニン村の人で右がアウキさんという偉大な「生態系保全自治体宣言」をした人です。
後はチョコレートなんですが、チョコレートはサリナスという村で作っています。この村は向こうに見えているところで3000m以上で牧草しか育たないところで、私が産まれた24年前まで過疎の村だったんですね。でも過疎の村だったところに牧師さんが息を吹き込んで、まず自分達のイタリアの基金に掛け合って、牛を手に入れてそれから牛乳を作ってチーズをイタリアの技術で作るということから始めて、いろんなコミュニティビジネスを確立させて、過疎の村だったのが、家族とやっと一緒に暮らせるようになって出稼ぎに行かなくてもよくなって、スイスの技術でカカオをチョコレートにしています。
ここにインタグコーヒーの豆を持っていって、こうしてチョコレートにしてもらうってことをやりまして、このような形で販売をしています。これを輸入する段階で私が乱暴に扱って割ってしまったりですとか、いろいろな問題がまだまだあります。
後はアンデスの方でこうやって毛糸で作っている人とかとも、例えばテディベアとかよくある物を作るんじゃなくて、自分のスタイルで自分が本当に生み出したい物は何なのかとかそういうことを考えて、これはどうしてものっそりしたクマがないから、そういうのっそりたのを作りたかった訳なんですけど、そういうことをやっていっています。
<エクアドルと 西表をつなげる>
これは石垣金星さんで彼も水筒を持っているんですけれども、みんな水筒を持っている人が私は好きなんですけど、西表島ですね。今ユニマットっていうコーヒー会社が入ってリゾートが建てられて、環境破壊が起こっています。その中でインタグと同じですね、自分たちが自然と寄り添ってそこで出来る物を通じて暮らしを立てている人たちがいます。
これは石垣昭子さんとっていって、西表島にしかない染料を使っていて、あとここにはバナナがあって、エクアドルの自分の好きな場所と同じ風景がここにもあるんですが、そういったものを使ってこういう布を作っているんで、ワイルドキャット、山猫はインタグにも西表にもいるのでそれをブレンドしまして、ギスケコーヒーっていう収穫できる期間が限られているので期間限定なんですが、作ったりとかしています。
こうしてこういう所で働いている子もやっぱり若者で同世代なんですね。これは紅露工房と言って、この工房に来て、そういった自分たちが都市で育ったとしても自然と文化とのつながりとかに段々と関わってきた人たちが西表に行って体験するということをやっていて、そういう同世代の人たちと一緒にもの作りをするのはすごく愉しいのでこれからやっていきたいと思っています。
<起業から1年、今後のビジョン>
こうしていろんな人たちに届けたりすることをやっているのですが、1年間を振り返って、すごくものを作り出すこととか企画をすることとかそういうのはすごく愉しくて、人と繋がれたりするのでそういうことばかりに自分の興味とかを使ってしまって、やっぱり会社なので経理とか企画とか丁寧に営業していくとか、広く伝えるばっかり考えないで、1人1人にちゃんと向き合って伝えていくことがかなり自分でかなり疎かになっていたところがあったので、これからはそういったことをテーマに、まずは1つ1つのことをやっていって、エクアドルとのフェアトレードとを自分の出来る規模で確立していきたいです。
実は今日もエクアドルから水筒ホルダーが200個届いて検品してたんですが、空輸でいつも入れているんですね、まだ。それは倉庫が借りられないってのもありますし、生産のスピードとかもあるんですが、コンテナで輸入してそして人に広く伝えていくことがコストダウンをしてできるようにというのを目標にして、それからもうちょっとお金を稼いでお店を出すというのを最終的にはやっていきたいと思っています。ありがとうございました。
中村:ありがとうございました。質問のある方いらっしゃいますか?それじゃぁ私から1つ。仕事を始める前に思っていたこと、イメージしていたことと、実際に始めてみて1番違ったことは何ですか?
藤岡:いっぱいあるんですが、1番違ったことは、やっぱり今最後に言ったように、いろんな人と出会って、この人とこれをやりたいというような凄い魅力的な人がいっぱいいて、最初はそういう人とどんどん繋がれるからビジネスとか仕事をやるのがいいと思ってたんですけど、それにはもの凄く自分が思ったよりもひとつひとつ時間がかかるってことです。
中村:あとで、もう少し掘り下げて聞いてみたいと思います。
ここでそのスロービジネススクールとは何かを話をしろということなんですが、聞きたい人はいますか?
<スロ−ビジネススクール設立への想い>
きっかけとしてはですね、ナマケモノ倶楽部が5年ほど前にできたんですけども、その時に一緒に設立した辻信一さんと話をしてて、辻さんの教え子たちが、彼と一緒にいろんなことを学んで先住民のところに一緒に旅をして、環境保護することの大切さとか先住民文化を守っていくことの大切さとか、いろんなことを学んでそれ社会に生かしたいなと考えるようになっていくんですけれども、いざ就職の時期を迎えるとみんな段々元気がなくなっていくんですね。そして自分が学んだことを生かせる職場がない、仕事がないということで、そういう学生さんたちを辻さんは見ていて非常に悩んでいたんですね。自分は何をやっているのかっていう悩みを持っていたんです。
それで私は私で小さな会社ですけどもやっていて、毎年1人か2人ぐらいしか雇えない小さな会社なんですね、ここに沢山の若い人たちが働きたいって言ってくるんです。「給料は安くてもいいからとにかく働かせてほしい」と言ってくるわけです。働きたいっていう人たちはウィンドファームがやっているフェアトレードであるとか、人と人との繋がりだとか、人と自然との繋がり、それから今の世代と未来の世代との繋がりなんかを大事にするような仕事を広めていきたいという思いを持ってですね、働きたいってくるわけなんですけれども、ほとんど断ってるわけですね。
そういうことが段々続いてくると、私も非常につらくなってきて、どうしたらいいんだろうと考えていて、である時ふと思いついたのが、スロービジネススクールという、スクールですから学校なんですけども、学生のみなさんが学費として出したお金でそれを出資金にして会社を作ろうというものなんです。
学校なんですけども、会社を作って実際にスロービジネスを展開していきます。学びながら同時にビジネスを展開していく、そんな学校です。実際にこういうものをやりますということを発表して余り宣伝をしていなかったんですけれども、私自身の予想の3倍くらいの応募があって、第1期を締め切った後も応募が続いていたために、今年の5月の22日に第1期をオープンしたんですけれども、既に第2期の応募を受け付けて、もう締め切りましたけれども、来月また第2期生が入ってくるっていう状況です。実際に呼びかけて、応募の多さに私自身が驚いている状態です。
それでは3人の若手経営者のみなさんから話がありましたけれども、質問のある方、どなたに対してでも。
参加者:スロウォーターカフェの藤岡さんに。どんなところでどんなカフェを開きたいですか?
藤岡:最終的には最初に言ってた通り、隅田川という自分の生まれ育った川沿いでちっちゃくてもいいので、今の紹介した全ての商品や面白い人が来る場所を開きたいと思っていますが、やはり最初からはそれは出来ないと思うので、今はもうエクアドルでコーヒーの木でテーブルとか看板とかを作ってあるんです、実は。それを置いて、商品を紹介できる場所を2年以内に作りたいと思っています。ショールームのような場所を。
参加者:カフェを1年でオープンする予定だったけれど出来なかった、その1番の理由は何ですか?
藤岡:1番はですね、私は代表をしていて、さっき中村さんにも、始めたときと今と何が違うかって聞かれたんですけど、そういう経営者的なみんなをまとめる立場というのが頭の中では出来ると思っていたんですけど、そういう仕事がちゃんと出来なかったんですね。で、そのみんな、一緒に働いているスタッフのいいところを生かして、その単発ではさっき言ったみたいに、企画でこの人と組んでこれが出来たっていう嬉しいことは沢山あるんですけれど、それを最初の時点から作れなかったので、で一緒にやってた3人の仲間が最初に全員分稼げなかったというのもあったし辞めてしまって、出資金もあるし能力もそうですね。
最初4人で集まってやるっていって、補い合っていくものあったんですけれども、結局もしかしたら自分1人で出来るかもしれないと思ってやり始めたけれども結局出来なかった。それが人との繋がりというか、最初に立ち上げる仲間というのが1番大きかったと思っています。でも今の状況で出来れば2005年に向けてあと2人、人をいれて、態勢を確立するということをしたいと思っております。
中村:他にありますか?どうぞ。 小澤君今の質問をもう1回言ってください。
小澤:自分が聞いた範囲では、最初はお給料とかがなくていつ位から払えるようになったのか?という質問だそうです。正直に申し上げます。この給料なんですけど、まだ満足いくお金を自分も含めて払えていません。この金額って言うのは、自分が将来家族が欲しいんですけど、家族を養っていけるような金額ではないんですね。でもそれを生み出していくビジネスのやり方っていうのを手応え持って、掴めるようになったっていうのが現状でまだまだですよね。
先ほど1名入ってくれて、また給料が払えなくて辞めてしまったという後に、今年の6月からまたアルバイトなんですけど1人、入ってもらえるようになって、また3人態勢になってます。さっき藤岡さんのほうからも、ひとつひとつのことが時間がかかるって話がありましたけれど、ほんとに時間がかかると思います。それだけは、最初に思って始めると、長い目で見られるんじゃないかなと思います。
中村:小澤君に続けて私から質問なんですけど。最初はキャッチボールなんかをやってて、1年くらいして代表取締役になったわけですけれども、最初の頃と比べて何が変わりましたか?
小澤:やっぱり自分でやっているんだなぁっていうことですね。さっき助成金っていう話もしたんですけれど、結局自分たちは助成金をとれなかったんですね。そういったこともあって。自分たちは本当に恵まれていて、さっき何で続けられているのかっていうのがありましたけれども、辞めようと思ったことはないって強がりましたけれども、本当は周りが見てくれている方が応援してくれるからですね。
1人でやってるわけじゃないっていう思いがどこかにありますし、自営業って言葉がありますけど、自営業って言うのも自分でやってみて分かったんですね。自分が営業しなければ物は売れないんですよ。自分で営業するんだっていうのが自分が代表になってから思います。ナンバー1よりナンバー2が好きなんですね自分は。それどうなのよって言ってるのが好きなので、本当は代表とかあれだなぁと思うんですけど、なったからには、日本一のバカ社長を目指そうと今思っています。
参加者:会社を経営するって、すごい大変で忙しいようなイメージがあるんですけれども、スローライフを広めていく側で、自分自身会社を経営しながらスローな毎日を送っているのか、お忙しい毎日を送っているのか、みなさんに聞きたいです。
小形:スロービジネスを起業していろいろな業務がある中で、どう実践しているかってことですか?正直言ってしている時としていない時があると思います。スローライフを提案するビジネス、会社として、これではスローライフとは言えない、失格だと自分を責めてしまう時もあれば、自己満足ですけどもスローライフを実践しているなって思う時もあって、ただ会社との関係で言えるのは、会社がスローライフを提案しているので自分もそれを実践しながら育てていくってことを考えると、スローライフを実践しながらしか出来ないってことって結構あるんですよね。
例えば、ローソクを売る前には自分もローソクを使って生活しますし、それでお風呂に入ってみるとかそういう風に物を作る、ゆっくり堂という会社として物を作るときに、これはスローライフの提案なんだという観点でいるので、今はやっぱり手作りの部分とか手探りの部分がいっぱいあるので、正直言えばすごく忙しくなってしまったり、気づいたらずーっと仕事をしてしまったりしてしまうのですが、ちょっとずつですけども、実践をしていけてるなぁというのを感じていますし、願っています。
藤岡:スローライフ。具体的にやっているスローなことは、コーヒーを全部使うと麻袋が出来るんですけど、それに土を入れて自分の事務所の屋上に持っていって何か種をまいて、今年はゴーヤとかししとうを育てたんですけど。
そういうのを朝最初に起きてやると、その後メールをする時とかも何でしょうね、すごいはっとする考えが浮かんだりとか、そういうスローなことを取り入れることで、自分が生み出す物にそういったものが使われていくというのを、まだ上手く出来ないで手探りなんですが、意識してやると逆に効率的なんじゃないかなと思う時があります。
中村:半農半スロービジネスっていうのはかなりいろんな閃きが生まれそうですね。
小澤:自分の仕事ぶりを振り返ってみると、始めた年とかは確かにこう、いろんなことをもう何でもそうだと思うんですけれど、始めた時っていうのはやることがいっぱいありまして、夜中まで仕事をしていたりもしましたけど、でもやっぱり自分の好きなことをやっているので、そんなにこう忙しいなぁとは思わなかったんですけれど、ただ自分の趣味とかプライベートの時間ていうのは持つことは出来なかったかもしれないです。
でも楽しく4年間をやってきています。今なんかは朝起きてコーヒーをですね、豆からひいて香りを楽しみながらいれて、飲んで、あぁ美味しいなぁってバカみたいなことをしてますね。やりたいことをやるって言うのが、自分にとってスローな生き方なので、はい。
参加者:最初は「スロー」ビジネスというコンセプトを持って始めても、2、3年経つ内に純粋さが失われてしまうような危険性があるとしたら何ですか?
小形:私から答えます。商品開発をしてても、やっぱり自分は完璧じゃないなと思うことがよくあるんですね。さっきも言ったんですけども、やはりその商品を売りたいから作るんですよね。使ってもらいたいと同時にそれを売りたい、それでいくらというお金を会社に入れたいということで作るので、どうしてもついこれだったなら掛け率いくらでどこに卸せるからと先行しちゃうときがあるんですね。
で、はっと立ち止まると、こんなの土に返るのが遅いとか、そういう風にはっと気づく時があるんですけども。こんな風に急いで儲けようとする時が弱い所だなぁと。
弱いというかそこが崩れるとしたら儲けたいと思ったときだと思います。でも一方で儲けないといけないので、そこは難しくもあると思っています。
中村:スロービジネスと言っていてもビジネスの中でやっていく中でファストになっていくんではないか?そうならないためにはどうしたらいいのか、そんな風なことを訊いていました。
小澤:やっぱり継続していくことというのは大事なことだと思います。続けられなければその事業が発信していたメッセージがなくなってしまうことなので、それは避けたいことです。
小形さんが言われた「儲けたい」という思いが芽生えた時っていうのがあったんですけど、人間なので、ういろんな色気とかあるでしょうし、そういった雑念とか欲とかが生まれてきても、自分にはナマケモノ倶楽部とか、あと役員をしている中村さんですとか、さっき自分を支えてくれる人っていいましたけど、お目付役のような存在でして、悪いことはやれないと思ってますんで、あんまりそのウィークポイントとは感じてないです。
あと規模を大きくしてった時に、自分たちの事業も徐々にですけど大きくなってきているので、そうなっていったときに自分たちのキャパシティを越えていったときが怖いかなぁと思います。だからいつも自分たちのサイズを確認しながらの作業になるんじゃないかなぁと思います。儲け話とかに迂闊に飛びつかないようにとは思いますね。
藤岡:私は儲けよりも1番危ういのは、どんどん次から次にスロービジネスという言葉をキーワードにとか、自分のネットワークが芋づる式になって広がっていくと、本当にいろんな人に会って、この人と次これをやりたいアイデアが次から次へと出てくるんですね。
私はお金とか儲けとか売り上げとかもそうだけど、それよりそっちの方がスロービジネスは怖いと思っていて、小澤君が言ったように自分のちっちゃさというかキャパシティを越えたところで、「もっとこの人と」ってなっていくと、一人一人に向き合うとかお客さんに向き合うことや時間とかが普通のビジネスの波長と同じになっていってしまうと思っていて、そこをちゃんと考えなきゃいけないないとすごく思います。
参加者:フェアトレード商品やスロービジネスで作られた商品がそれを知っている人に買ってもらうんじゃなく、それを知らない人に広めていくことが重要だと思うんですが、3人にお話を伺いたいのですが、どのように広めているか具体的なことがありましたら教えてください。
小形:仰るとおりで、本当にそのフェアトレードコーヒーを知らない人にフェアトレードコーヒーを勧めるとか、蜜蝋って素材を知らない人に蜜蝋のローソクを勧めるってことは、やっぱりちょっと高いわけですよね。それを勧めるってことは中村さんも含めてみんなの課題だと思うんですけど。
カメレオン方式というか私は手法を変えますね。知っている人に売る時はあんまり説明しなくていいし、あまりローソクとか日常に使ったことがない人には、キャンドルナイトっていうイベントを使って薦めたこともあるし。あとはローソク手作りワークショップっては体験型なんですね。大規模でやって50人レベルだったのでそんなことやって何になるのレベルかもしれないんですけども、まぁその完全な参加型でやることによって、それによって帰ってきてくださるお客様が凄く多いんです。何月のワークショップに出た者ですが、って注文くださるお客様がすごく多いので、そういう風に言葉よりもまずやってもらうってことですすめてはいます。
小澤:さっき喋ったことと重なるんですけど、自分の商品はコーヒーだけなんで、まずコーヒーに恋をしてもらいます。で、そうしたら興味を持ってもらえるので、興味を持ってもらえた後だったら、いろいろなこう産地はどこでね、どういう風に作っててねとか生産者がどんな暮らしをしてねっていう話も受け取ってもらいやすいと思うんですよね。
遡っていくとコーヒーって今や沢山の人が日本でも飲むものですから、逆に言うとメッセージも伝える道具としてですね、いい意味で僕はコーヒーを通して、そういう歴史ですとか搾取の話ですとかからくりですとか、そういったものを伝えていこうと思ってまして、今日お配りしてる「Coffee
as movement」っていうリーフレットも、フェアトレードとかオーガニックとか知らない人に読んでもらいたいものですし、そこにもう1こある「スローコーヒー奥の細道」って言うのがあるんですけど、これは自分たちのコーヒーを扱ってもらってるお店なんですね。
置いていただいたりコーヒーを出してもらったりしているお店なんですけども、そういうところに行ってもらって自分たちのコーヒーを使ってくれるってことはフェアトレードとかオーガニックっていうものに関心を持ってくれているお店なんですよね。
そういった所ってカフェスローもそうですけども、環境負荷の小さい洗剤が置いてあったり、健康な野菜とかちゃんと作られてるお肉とかもあると思うんですけど、そういう所に行っていろんな切り口で、こうなのかこうなのかって、自分でつかんでほしいんですよね。いいなぁと思ったら実はこういうことだったのかぁっ、やられちゃったなっていう仕掛をいろいろ考えています。
藤岡:私は、最初はナマケモノ倶楽部の環境NGOが集まるようなイベントとかそういうところで、もう分かっている人に売るっていうのを学生の時から知ってて、もっと違う人に広めたい、自分の友だちに伝える言葉がもっとあったらいいって思ってて自分でやり始めて、だから凄く考えてて敢えて意識して雑誌とかに知り合いに頼んで載せてもらったりとか、それからどっかのショップのデザイナーさんと一緒に素材だけ持っていって形だけ企画してもらって、ちっちゃくてもいいから置いてもらって、あそこにもあるんだって気づいてもらったりとかして。エコプロダクツにも出たりとかしております。
中村:今日ここにいる3 人が普通のの仕事をしている人に比べて目立つことは、やはり仕事が好きっていうことがあると思うんですね。好きでやってるっていうことが多分、何らかの形で伝わって行くということがありますし、ある時急に大きく展開するっていうこともあります。
今雑誌の話がありましたけど、12月初旬にスロービジネスをテーマにした雑誌が創刊されるっていう話が出てます。いろんな形でそういうことが展開していって、全く関心ないような人たちがそれに目を向けていくっていうことになるだろうと思います。
それでは他に質問がありましたら。はい、どうぞ。
参加者:小形さんに質問なんですけど、特にお話の中で日本の中で馴染めないというか、日本が嫌いなんだけど好きなんだっていう感覚はすごく僕も共感しました。そんな中で、物や情報の発信を通じて、そうじゃない新しい文化を提案していくようなビジネスをされているのかなという印象を受けたんですね。
スロービジネススクールにも中村校長の予想を遙かに上回る学生がどんどん応募してくるっていうのも、無意識の中である意識が起こってて、その無意識の変化が表面化していく、そういう現状にあるなと僕自身思うんですけど。
ゆっくり堂のビジネスをやる中でこういう文化が日本に広まっていくんじゃないかな、こういう文化が日本という社会に対して、もしくは地球に対して提案できるのかな、あとこれは先進国に対してということだと思うんですけど、新しいライフスタイルのイメージがもしあれば、教えていただければなと思います。
小形:はい、本当に仰るとおりで、実は私も我ながら名言だなという言葉を仲間に言ったことがあって、それはお金の物差しではどんどん貧乏になっていくけれども、なんか生活が楽しくなってくるって言ったことがあったんですけれども。お金の価値ばっかりじゃない暮らしってやっぱり豊かなんじゃないかなぁというのは、確信を持ちつつありますね。
日本の中で世界に広められるようなことがありまして、それは職人技がそうだと思うんですけども、日本の文化の中でも「修理してでも使う」という文化がすごくあったと思うんですよ。それを広めるようなことはやりたいですね。
行燈、ゆっくり堂の商品の中で行燈が1番高い商品なんですけれども。岐阜の提灯屋さんと美濃和紙の職人さんが組んだんですけども、それは修理をしてでも使っていっていただきたいものなんですよ。私たちも戻れば修理をする、そういう文化があったと思うんですね。家も修理して住み続ける、包丁も研いで何年も使って次の代に受け継ぐ。そういうのを誇りたいなぁと思いますね。
外で「うーん、やっぱり日本てあまり好きじゃないかも」って思ったときに、キラって光ったのは憲法9条とそういう文化でしたね。
中村:私の方から皆さんに最後の質問。ちょっと難しいですけど、1番辛かったことと1番嬉しかったことを小澤くんから。
小澤:1番辛いのは何ですかねぇ、1番辛かったのはやっぱり新しくやろうっていって始めた仲間が抜けたことですかね。1番嬉しいのはやっぱり自分が、例えば変な話ですけど、今死ぬとしても割といい人生を志半ばですけども、今死ぬよって言われてもまぁ割といい人生だなぁと自分のことなんで、思えることですかね。日々楽しいです。
全然関係ないんですけど、自分の生きるバイブルは「はだしのゲン」でして、これは広島の原爆の戦争の悲惨さを知るのにもいい本ですし、この中で単純に主人公たちが食べてくためにいろんなことをするんですね。下手な話川に浮かんでるしゃれこうべを磨いてアメリカ兵に売ったりするんですよ。自分の中のスロービジネスのヒントがここにあるんじゃないかと思うんですよ。関係ない話ですいません。
小形:小さな悲しいことはいっぱいあるんですけれども、1番悲しいことは去年ちょっと体を壊したことですかねぇ。自分が気づかない位自分の体を酷使してしまっていたんですね。いまだにあれは自分に対してショックで、絶対にあれは繰り返さないと思っています。
で嬉しいことはほんとにたくさんあるんで1つって言われると困るんですけども、やはり新しい商品が生まれて、1人目のお客さんがいたりとか、コメントが返ってきたとき、もちろん悪いコメントも、悪いというか凄く厳しいコメントもあるんですけれども、嬉しい感想を寄せていただいたときです。
藤岡:私も小澤君と同じで1番辛かったのは、最初にやるって言ってた仲間が辞めてしまって、でもその時よりもその後から考えたら、自分が結構自分1人で出来ると思ってたってことが分かった時の方が辛かったんですが、で今いろいろ考えてるんですが。
嬉しいのはやっぱりみんなと同じで、作ったものを、水筒ホルダーを街で使ってくれているのを見かけたときとか、その人たちが他の人に嬉しそうに話してくれてる時とか、美味しかったって言ってくださる時とか。
産地のエクアドルに自分で事業始めた時からちゃんと行けてないんですが、毎年ナマケモノ倶楽部の出すツアーの度に、自分に対してメッセージとかみんながいろいろ言ってくれる言葉が届くことがすごい嬉しいです。
中村 :第1部はこれでいったん終了にさせていただきます。ありがとうございました。