ここコタカチ郡で始まったのは、キチュア語インティ・ライミ、すなわち太陽の神様のお祭りです。そのご紹介をちょっと。
これはコタカチ、オタバロのキチュア民族の自然の恵みを感謝するお祭りにあたります。コタカチでは、このお祭りが1年中で一番大きなお祭りです。コタカチは2週間ほど、インティ・ライミ一色になります。人々は輪を作り、仮装し、町を練り歩きながら踊り狂います。中心にはギターやらハーモニカやら弾いたり、吹いたりする人たちが小さな輪を作り、その周りを囲むようにして、踊る人たちがぐるぐる回りながら踊ります。
別名、サン・ホアン。キリスト教の聖者の名前でもあります。ここの先住民族文化には、カソリックの影響が色濃く出ています。インティ・ライミで踊ることをサン・ホアンを動詞化して、サンホアニャールとも言います。踊ると言っても、地団太を踏んでいるだけのような感じ。はっきり言って、音楽もずっと一緒なら、踊りもずっと一緒。でもこれが意外におもしろいんです。
< 開会式 >
6月20日、クイコチャ湖で、このインティ・ライミの開会式がありました。シャーマンが湖のほとりで山、太陽、風、土などの神様を呼び、感謝の意を伝え、今年も実り多きことを願う。また選ばれたコミュニティーの女性たちが、捧げ物を持って、ボートに(しかし我がナマケモノ倶楽部の世話人のアンニャは、モーターつきのボートで湖を行くことは神を冒涜することに他ならないと怒りを
表明。したがって、この開会式には参加せず。一理あり。)乗り、湖の中心で、捧げ物を流す。またここではコミュニティー別ダンス大会も。いかに音楽が、動きが、衣装が優れているかを競っていた。
ちなみにシャーマンのお祈りは、タバコ、コロン、サトウキビの蒸留酒、薬草が使われる。コロンを使うこと、またタバコのメーカーが有名メーカーであったり、蒸留酒が入っているボトルはコカ・コーラだったりすること、また捧げ物をするのに、エンジン付きのボートに乗ることなど、うーん、悪い意味でグローバライゼーションがここまで…と思わせられるようなことがたくさんあった。
< 裸祭り >
6月22日、私はコタカチから20分くらい車で行ったところにある、ペグーチェという場所に夜中に行ってきた。ペグーチェには聖なる滝があり、12 時きっかりにシャーマンによるお清めがあるというので、それを見に。これもインティ・ライミの神聖なる儀式。
ペグーチェの入り口から、ペグーチェの滝までは明かりがなく、真っ暗。私は懐中電灯はどこに行くにも所持しているので一緒に行った仲間8名でひとつを使った。滝まで着くと、裸の人(パンツ一丁)がたくさんいる。12時にはまだ時間があったけれど、シャーマンがもう来ていて、みんなシャーマンのお清めを受けている。シャーマンのそばでは、ガソリンか何かで焚いた炎が燃えている。ほんとにみんなこの寒空、しかも真っ暗な中で水に入るとは思っていなかったのでびっくり。
よくやるなぁと思ったが、気がつくと、一緒に行った仲間の一人、コタカチ・エコロジー・センターのボランティアのスコットが服を脱いでいる。マジで入るの?!と思ったが、ほんとに滝に向かって歩いていった。しばらくして帰ってきた彼は、「シャーマンが何を言っているのかわからなかったけど、水のしぶきとシャーマンのお祈りで、なんだか清廉な気持ちになった。」と。すごいなぁ、勇
気あるなぁ、私にはできないなぁと思って感心していた。
彼が服を着るのを待って、帰ろうとしたが、仲間の一人が私の懐中電灯を持ってどこかに行ってしまったので、探そうとしたら、ばっしゃーん。私が川に落ちた。ジーパン全部とトレーナーの半分が濡れ、泣きそうになった。しかし、もうこれは滝に行けという神の啓示に違いないと思い、服を脱ぎ、下着になって、滝に向かった。
そうしたら、誰もいない。誰もいないんだけど!と周囲の人に言ったら、12時ちょうどにまたシャーマンが来るからそれまで待てという。しかし12時まであと30分。こんな格好で30分も待てっか!と思い、無理矢理12時のシャーマンの儀式まで待っている人(知らない人)を誘い、滝まで行った。
シャーマンはいない。誰もいない。水も空気も死ぬほど冷たい。そんな中で滝のしぶきを浴びた。そのうち水は冷たいというより、私の中の汚いものを全部流してくれてるような気がした。冷たいけど、寒いけど、もっといたい。そんな気持ちがして、しばらくいた。戻ってきたら、みんな拍手をしてくれた。お清めを受けるのはほとんど男性。女で、しかも日本人の私が、ほぼ素っ裸になって滝に向かったのを褒め称えてくれたらしい。
しかし寒さゆえ震えが襲う。こりゃかなわんと、冷たい服を着て、お酒をがぶ飲みし、ペグーチェの出口まで体を温めるために、走っていった。ふと空を見上げたら、満点の星。ペグーチェの滝までの道は、森だ。森の木々の間から見える星空はため息が出るほど荘厳で、美しかった。しばらくそこにいたが、また震えが襲ってきたので、明るいところまで出た。そしてみんなで体を温めるために、輪になって一晩中踊り明かした。
私には忘れられない夜となった。
< コミュニティー >
6月23日。コタカチから歩いて30分ほどのトゥニバンバというコミュニティーのインティ・ライミに参加。友人が誘ってくれたのだ。コミュニティーのインティ・ライミは、まるでハローウィーンのように仮装して、各家庭を回る。踊りながら、一軒一軒周る。「カラワイ、カラワイ」と言いながら、周るのだが、「カラワイ」はキチュア語で、「何かくれ」という意味だ。
訪ねられた方は、お酒なり、モテと呼ばれるとうもろこしを干したものをゆでたものなり、何なりを出さないと家に石を投げられるというので、必ず何かでもてなす。あるいは「アヤクナ、アヤクナ」と叫ぶ。これはインティ・ライミで重要な役割を果たす、先住民に伝わる「アヤ(悪魔)」の複数形の表現。赤い悪魔の仮面(アヤ・ウマ)をかぶって踊る。
私は、私が呼ばれているような気がして変な感じがしたが、悪魔と呼ばれているのだが、悪い気はしない。しかしこれまた暗い中を行く。足元が危ない。私はまたもやどぶにはまり、そして別のところでバタっと転んだ。その上、これは疲れる。コミュニティーはけっこう広いし、坂道もある。踊りながら各家庭を周るのはしんどく、私は10軒くらい訪ねた後、バテた。10軒と言っても隣同士がくっついているわけではないのだ。
< コタカチ >
私はコタカチにいる間、毎晩中央の広場で踊っている輪に加わって踊った。中心は、ギターや笛で音楽を奏でる人たちが小さい輪を作り、その周りでみんな踊るのだ。入るのも出るのも自由。男性は黒い帽子をかぶり、ヤギの皮のズボンを履き、大声で叫びながら、あるいは口笛を吹きながら、ぐるぐる回る。私がコタカチ中心地で踊った回数は5回。それは昨日まで続いた。私はアナコと呼ばれる先住民の女性の衣装を身にまとい、ぐるぐる広場を回って踊った。
昼間の方が参加人数は多いが、私が踊るのはいつも夜。夜の方が危なそうだけれど、実は逆。昼間は、コミュニティー同士の喧嘩が多いのだ。人々のコミュニティー意識は高く、普段はコミュニティー内でミンガと呼ばれる共同作業(日本語で普請という。最近教わった。)と行ったり、隣同士助け合ったりするのが基本。コミュニティー内のつながりが強く、誇りを持っているだけに、コミュニティーの間のライバル心もかなりある。それがインティ・ライミで発露するのだ。
石を投げ、やられたらやり返す。報復行動も並ではない。警察の出番などなく(突っ立ってはいるけれど)、怪我人、死人も出る。コミュニティーの結びつきが強い分、こういうこともあるんだと実感した。Ciudad por la Paz(平和の都市)をうたっているコタカチではあるし、決して褒められたことではないし、ライバル心なんてくだらないと言えばそれまでだが、古い文化というものには表裏があるんだとも思った。
またすごいなぁと思ったのは女性。男たちが酔っ払って、喧嘩をするのを体を張って止めに入る。酔った男は、女も殴る。それでも果敢に立ち向かう女たち。やっぱり女なくして世界平和はありえないと思った。
以上、Inti Raymi報告でした。
コタカチの文化の深さ、それは必ずしもきれいなところばっかりではないこと、そういうものをたくさん見たお祭りでした。私たちは一般的に先住民のお祭りというと、無条件で本当にプリミティブなものを求めるけれど、スペインに侵略された歴史を持ちながら、ある意味その自己文化をここまで保っている、あるいは取り戻したというのはすごいんじゃないかと思いました。残念なことはあるにせよ、人々が大事に、そして楽しみにしているお祭りだし、私自身も大いに楽しんだ、そんなインティ・ライミでした。
まだサン・ホアンの音楽が頭から離れないワダアヤでした。 |